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御朱印
源義経の軌跡 関東編
平安時代末期の天才。そして悲劇のヒーローとなった、今の時代も愛される源義経。 その義経と弁慶、静御前、常盤御前、那須与一に関わりのある神社仏閣を紹介します。
源義経の心情を訴える腰越状
満福寺 鎌倉市腰越2-4-8
源九郎義経 1159年〜1189年 平安時代末期の武将。源頼朝の異母弟。仮名は九郎、実名は義經である。 河内源氏の源義朝の九男として生まれ、幼名を牛若丸、稚児名を遮那王。 一ノ谷、屋島、壇ノ浦の合戦を経て平氏を滅ぼし、最大の功労者。 藤原泰衡に攻められ衣川館で自刃する。
満福寺には義経が源頼朝に宛てた腰越状の 下書きが現在も残っています。
弁慶ゆかりの物も多数残っています。
武蔵坊弁慶 生年不詳〜1189年 平安時代末期の僧衆。源義経の郎党。 五条の大橋で義経と出会う。義経に最後まで仕え 義経を守り、敵の矢を受けて立ったまま死んだとされていて 「弁慶の立往生」と後世に語り継がれている。
白旗神社 藤沢市藤沢2-4-7
源義経を主祭神として祀っています。
鶴岡八幡宮 鎌倉市雪ノ下2-1-31
義経が愛した静御前
頼朝の前で義経を慕う舞いを 披露したと伝わる若宮廻廊跡に 建てられている舞殿があります。
静御前 生没年不詳 平安時代末期から鎌倉時代初期の女性、白拍子。 源義経の妾であり、吉野で義経と別れる。 義経の子を産むが男子だったため由比ヶ浜に沈められる。 その後、京に返されるがその後の消息は不明。
寶泉寺(宝泉寺) 渋谷区東2-6-16 義経の母、常盤御前を渋谷で感じられる
宝泉寺の如来像は、常盤御前の 守り佛(持彿)としていたのがここに祀られた。
常盤御前 1138年〜没年不詳 源義朝の妾であり牛若(源義経)の母である。 義朝の死後、母と子の赦免を条件に平清盛の 妾となり、のち藤原長成に嫁したと伝えられる。
太田神社 大田区中央6-3-24 那須与一ゆかりの神社
与一が守本尊とした神像を 御神体として安置されています。
那須与一 1169年?〜1189年? 「屋島の戦い」にて、平家が立てた扇の的を、 見事射落としたことで有名な源氏方の武士です。
三輪厳島神社 大田区大森東4-35-3 源義経が祈り修理した神社
源義経が平泉から鎌倉に向かう際に多摩川を 渡河しようとした時、嵐のため海まで流された。 義経が岸に霞んで見える神社に向かい祈ると 嵐は収まり無事岸に着いた。 義経は神の加護に感謝して神社の社殿を修理した。
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